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zoom RSS イグアノドンの唄 ――大人のための童話―― (中谷宇吉郎)

<<   作成日時 : 2017/09/19 00:42   >>

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twitter の代替サービスとして半年ほど前に話題になったものとして,「マストドン」 (https://mstdn.jp/ 等) がある.このマストドンは,少なくとも日本の一部では,未だにそれなりに支持されているようだ.そこで当時書こうと思ったのが,今回の記事である.例によって,遅きに失しているけれども.

中谷宇吉郎の随筆に,「イグアノドンの唄」というものがある.これを読むと私はいつも寺田寅彦(中谷の師)のまさに名随筆である「団栗」を思い出して,そちらの方が傑作だとは思うのだけれども,それはさすがに酷な比較であって,この「イグアノドンの唄」も掛け値なく傑作であると言っていいだろう.

中谷宇吉郎一家は,第二次世界大戦終戦前後のころ,北海道の羊蹄(ようてい)山麓に疎開していた.そこは,有島武郎の「カインの末裔」の土地であり,中谷一家は,過酷な自然と,食糧不足に苦しめられていた.

そんな状況でも,子供たちは育っていく.中谷は,子供たちにせがまれて,20年も前にロンドンで得たコナン・ドイルのSF小説「失われた世界」を読み聞かせる.コナン・ドイルはもちろんあの,シャーロック・ホームズの作家である.中谷は,この小説を,子供たちに以下のように紹介する.

この本は,英国のチャレンジャー教授という先生が,南米のアマゾン河のずっと上流のところ,もちろん人間など一度も行ったことのない秘密の世界なんだが,そこへ探検に行ったときの報告なんだ.古代の恐ろしい竜だの,怪獣だのがそこに本当にいたんだよ.いつか雑誌で見たでしょう.ディノザウルス(恐竜)なんていう竜の中には,このおうちの三倍くらいもある大怪物もいたんだが,それがのそっのそっと歩いていてね.イグアノドンなんていうのもいたんだよ.


子供たちは,この説明に驚喜する.

まだ小学校へ行っている下の男の子などは,もうそれだけで,すっかり上気してしまった.頬を赤くしながら,眼を輝かせて,「本当? 本当?」と,覗きこむ.


戦後物資不足の地獄のようなカインの末裔の土地で,子供たちこそが希望であった.

そして,下の男の子はこのイグアノドンにあまりに感銘を受けたために,以下のような唄まで作ってしまう.

イグアノドンの背中に
 ゴリラが乗ってった 乗ってった
ゴリラの背中に
 お猿が乗ってった 乗ってった
お猿の背中に
 鼠が乗ってった 乗ってった
鼠の背中に
 蚊とんぼが乗ってった 乗ってった
蚊とんぼの頭の上を
 艦載機が飛んでった 飛んでった


しかしこの下の男の子は,終戦直後の栄養不足のせいで,あっけなく死んでしまうのである.


いったい,人生における希望とは何だろう.子供は,間違いなく希望であり,未来である.それは,我々から簒奪されていいものだろうか.カインの末裔の土地なら仕方ないと受け入れるべきなのか.だとしたら,誰がそれを決めるのか,許すのか.神か.神なら許されるのだろうか?


その後,中谷宇吉郎は,体調不良のためK病院へ入院した.そして,妻と交互にお見舞い・付き添いにやってきた長女は,手持無沙汰に持ってきた「失われた世界」に読みふける.その姿を見て,感慨深く中谷は長女に話しかける.

「どうだい,面白いのかい」と聞くと,「うん,とっても」と,返事をするのも億劫なように,頬をほてらせている.「分かるのかい.大分むつかしい名前があるだろう」といっても,「そうよ.でも辞書なんか引いていられないのよ.今失われた連鎖(ミッシング・リンク)がやって来るところよ」と,受けつけもしない.もう夜中近いらしい.それでよいのだ,生きる者はどんどん育つ方がよいのだと,私は目をつぶって寝入ることにした.



これこそが,庶民の生きざまではないか.私はこの結末を読むと,いつも深い感慨にとらわれる.

中谷一家は,下の男の子の死に慟哭したであろう.何が,あるいは誰が悪いのか.敗戦国になった日本が悪いのか.戦争に関わったすべての人間か.それとも運命が悪いのか.恐らく,中谷一家は,神すら呪ったのかもしれない.

しかしそれでも,時は流れていく.時はすべてを包み込み,癒していく.そして,人は生きていく.どんな時代でも生きていく,そのことこそが尊いのだ.

さらにまた,我々は,人の死ということについて考えさせられる.死は,一つの存在がなくなるということである.すなわち,一つの終わりである.しかしそれは,真の終わりではない.

下の男の子は確かに死んだ.存在はなくなった。そして,慟哭があった.その後,悠久なる時により,残された人々の新たな生が始まったのだ.そこでは,死んだ子の存在が,確固たる存在として,残された人々の心の中に存在するようになった.すなわち,無くなった存在が存在し始めたのだ.言い換えればそれは,終わりは始まりであり,また,存在しないものが存在するということである.そういった,いわばその逆説こそが,死,あるいは生というものかもしれない.


すぐれた随筆や小説は,いろいろなことを考えさせられる.それらは,カインの末裔のような地獄で生きていかざるを得ない我々に,救いと,また,生と死に対峙する勇気とを与えてくれるのである.





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