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zoom RSS 大いなる助走 (筒井康隆)

<<   作成日時 : 2005/10/21 22:56   >>

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以前,松本清張の「或る『小倉日記』伝」について書いた
http://dayinthelife.at.webry.info/200510/article_3.html).今回,松本清張のつながり(知る人ぞ知る)で,筒井康隆の「大いなる助走」(新潮文庫)について書いてみたい.私は,筒井康隆の愛読者である.旅行などの際に読みたくなれば,たとえ持っている本でも買ってしまうので,同じ本を何度も買うことも少なくない.私の友人にも筒井康隆の愛読者は多いようだ.

筒井康隆は,3度直木賞の候補となった(「ベトナム観光公社」(第58回),「アフリカの爆弾」(第59回),「家族八景」(第67回))が,いずれも受賞を逃している.その恨みつらみでこの作品「大いなる助走」を書いた…かどうかは知らないが,少なくとも創作のきっかけにはなっているだろう.

「大いなる助走」の主人公,市谷京二は,ある地方の同人誌「焼畑文芸」に作品を発表し,その同人誌仲間と知り合う.彼等は,文学に対する様々な姿勢のもとに,その同人誌に作品を発表し,文学談義を繰り広げる.

この作品では,そのような同人誌の周辺の話題,同人誌作家のありさまなどが描かれる.同人誌の世界は,特殊な価値観をもった閉鎖的なものであるから,そこで描かれる同人誌作家の生態も独特である.中央文壇に対する屈折した感情,同人誌仲間や一般社会に対する軽蔑,嫉妬,憎悪.それらが,筒井康隆らしい毒のこもった筆致で描かれる.その描写における筒井の視線は残酷ですらある.

こういった同人誌界(中央文壇も含めて)の特殊性や悲喜劇性は,どこから来るのだろうか.この作品の登場人物が自己韜晦気味に語るように,文壇ジャーナリズムなどの評価などお構いなしに,自らの信じる道を突き進むのが文学ではないのか.そういった,いわば孤高の在り方はないのだろうか.

これらの疑問に対して,登場人物の一人である牛膝(いのこづち)は,以下のようにまくしたてる:

そもそも小説を書く,というのは自分以外の他人に読ませる為に書くのであって,そうでないなら書く必要はありませんね...小説という,自分以外の他人にとって日記以上に分かりやすい形式で書いたというそのことがすでに,他人に読んでほしいという願望のあらわれなのですからこの点で議論の余地はないと思うんです...


以下延々と続くパラノイア的な演説に,毒に当てられたようになって見逃されがちであるが,上記の台詞が本質を突いているように思われる.すなわち,他者からのまなざしに無縁であるような小説は存在しない.むしろ,小説,より一般的に表現は,他者のまなざしを求めてやまないのである.「真理は万人によって求められることを自ら欲し,芸術は万人によって愛されることを自ら望む」という,岩波茂雄の言葉は普遍的な真理である.

小説が他者からのまなざしと無縁でありえないならば,それは,自ずと現代社会からの評価や賞賛を欲するものである.しかし,才能ある,あるいは幸運な,ごく一部のものを除いては,評価されることは稀だろう.また,そもそも小説の正当な評価はできるものであろうか.そこで,ある「権威」によって認められることを渇望する者が出てくる.ある者にとっては,優れた小説を書くことより,文壇ジャーナリズムに認められることが一義的な目的になってしまう.しかしながらそこでの評価は恣意的にならざるを得ず,権威付けは利権としての性質を帯びてくるため,文壇は腐敗していく危険を常に孕む.筒井が批判しようとした,文壇や同人誌界の問題の淵源というのは,私には,上で述べたところに存在するように思われる.

話を作品の内容に戻すと,主人公市谷が焼畑文学に発表した小説は,みごと「直廾賞」の候補となる.その小説は,市谷が勤める企業をモデルとした,内部告発的な内容だったため,市谷は馘首されることになる.市谷は直廾賞受賞にしか活路がないことになり,受賞を目指して,選考委員になりふり構わない工作を働きかけていく.その後,直廾賞の選考が終わるまで,グロテスクといってよい狂騒が繰り広げられる.もはや,文壇への批判や私憤(?)などは超越して,筒井の描写は冴え渡る.

市谷が直廾賞を受賞できたかどうかについては,あえてここでは書かないことにする.そしてそこから,ラストに向かって一直線の,スピード感あふれる展開は筒井康隆の真骨頂である.クライマックスで,カタルシスを感じる読者も多いことだろう.また,結末でこの作品の題名「大いなる助走」の絵解きを行ってるといってよい,同人誌仲間の土井,鍋島,保叉の言葉はあまりにも重い.

「大いなる助走」は,背景,大人げない(?)執筆動機,作品をめぐる(現実社会での)騒動や論争,もちろん内容も含めて,いかにも筒井康隆らしいものとなっており,筒井作品の中でも,私の好きなものの一つである.また,文庫本の表紙は,山藤章二の装丁で,そのあからさまな意図に思わずにやりとさせられる.よくもまあ,こういう表紙に出来たものだ.

筒井康隆の作品の特徴は,圧倒的なオリジナリティ,狂気,ポピュラリティにあるように思われる.筒井の作品では,それらが絶妙なバランスで共存している.これが,筒井康隆の人気の所以であろう.このような突出した才能と同時代に有り,それを目の当たりに出来るのは一つの幸せではないだろうか.



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