「美しい星」 (三島由紀夫) に見る金沢の風景

先日,三島由紀夫の「美しい星」について書いた.そのエントリでは触れられなかったのだが,重要なサイドストーリーとして,大杉家の美しい一人娘,暁子の話がある.暁子は,大杉家の他の人間と同様に,宇宙人(暁子は金星人)として覚醒している.詳しい話は省略するが,暁子は,金星人と自称する竹宮という男に会いに金沢(石川県)を訪れる.金沢は,前田家加賀百万石の城下町として栄えた町で,処々に昔の風情を偲ばせる,私の好きな町の一つである.この金沢の描写が「美しい星」にあり,当時の金沢の情景をよく伝えていると思うので,ここに引用しておきたい.

金沢藩における謡曲の民衆への浸透は,藩主が工人の呼吸と芸能の呼吸との霊妙な一致に注目して,御作事方に謡の稽古をさせたことにはじまっている.・・・参勤交代の御国入りの折には,藩主は京都から一流の能役者を招き,数日にわたって興行し,町人にもお能拝見がゆるされ,時には藩主自らが能を演じた.


金沢はまた星の町であった.四季を通じて空気は澄明で,ネオンに毒された香林坊の一角をのぞけば,町のどの軒先にも星はやさしい点滴のように光っていた.


二人はこうして神社(註:尾山神社のこと)の神門のもとに達した.神門はまことに奇抜な意匠で,明治八年オランダ人ボルトマンの指導によって建てられた南蛮趣味の最後の名残だった.三層の巨大な門のすみずみまで,崇高なところは一つもなく,左右の一対の唐獅子が,竜宮城を思わせるその子供っぽい建造物を護っていた.・・・そのギヤマンの五彩の裡には,むかしは銅板四柱造の高揚燈が光芒を放ち,遠く日本海をゆく船路の目じるしにさえなったのである.


竹宮はタクシーを止めて兼六公園へ急がせた.ここは金沢を訪れる人が必ず立寄るところである.公園の登り口は金沢城石川門の白いけだかい櫓と相対し,あたりの砂利道には遠い紅葉の落葉が届いていた.・・・(註:霞が池の)目のあたり三羽の白鳥は,それぞれあらぬ方へ朱い嘴を向けて,ゆるやかに泳いでいた.池の対岸に張り出した内橋亭の茶室の,閉て切った障子の白さが目にしみた.琴柱灯篭のところで池と接する細(ささ)流れは,清らかな水を運んで倦まなかった.池心の蓬莱島の松のみどり.その雪構えの新藁の色のあざやかさ.・・・こんなに人間の影が背後にすっかり隠れている庭ならば,人間の作った自然も満更ではなかった.そこにはさまざまな人間的な特質,憎悪も嫉妬も吝嗇も隠され,天上の平和のみごとな模写が,澄んだ大気の中に浮かんでいた.


金沢を訪れたことがある方は,上のような金沢の風景の叙述に懐かしい思いがするのではなかろうか.特に,兼六園は,四季折々でそれぞれ異なる趣を見せる名庭園で,いつ訪れても楽しめる.また機会があれば訪れてみたい.

美しい星

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