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zoom RSS 中谷宇吉郎と寺田寅彦

<<   作成日時 : 2014/09/28 17:23   >>

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中谷宇吉郎(なかや うきちろう)は,昭和初期の物理学者で,雪の結晶や人工雪の研究で知られている.また,随筆家としても知られ,多くのすばらしい随筆を残している.現在本として入手しやすいのは,「雪」「中谷宇吉郎随筆集」(いずれも岩波文庫)くらいだろうか.いずれも名著であり,このブログで紹介したいと考えていたのだが,それらについてはネットでもいろいろな書評などがあるようなので,まずはこのブログらしく(?),「寺田先生の追憶」という作品を手がかりに,中谷宇吉郎と寺田寅彦のことを書いてみたい.

中谷宇吉郎は,当時の東京帝国大学理学部物理学科で,寺田寅彦に師事して実験物理学の研究に携わった.それから,中谷は生涯寺田寅彦を敬愛していく.もともと,寺田研究室に入る前から吉村冬彦(寅彦の筆名)の作品を愛読し,寅彦宅にも度々訪れていたというので,よほど馬が合うところがあったのだろう.こういった点は,漱石の「こころ」における「先生」と「私」の関係や,寅彦と漱石の関係を髣髴とさせるものがある.

「寺田先生の追憶」は,中谷宇吉郎が,その敬愛する師寺田寅彦の追憶を物語るものである.その書名から明らかなように,中谷には,寅彦による「夏目漱石先生の追憶」(本ブログの書評)が念頭にあったに違いない.しかし,それにならって書名を「寺田寅彦先生の追憶」としなかったのは,中谷の,師から一歩引くような誠実な姿勢が理由であると考えたら,それはうがちすぎだろうか.

ともかく,「寺田先生の追憶」は,次の名文で始まる.

わが師,わが友として,最も影響を受けた人たちといえば,物心がついてから今日まで,私が個人的に接触したすべての人が,師であり友であった.


この随筆では,中谷が寺田研に入ってから,理化学研究所に入った後数年くらいまでの期間を中心として,寅彦の思い出や,自身の研究の話が語られる.ここに出てくるエピソードは,寅彦の随筆でも見かけないようなものもあり,興味深い.そして,それらが中谷のまじめで純朴な筆致で語られるのである.これは,中谷宇吉郎の他の随筆などの文章でも感じられることである.

しかし,正直に言えば,あの胸を打たれずにはおかれない「夏目漱石先生の追憶」に比べると,「寺田先生の追憶」は,素晴らしいものの,強い感銘を受けるまでにはいかない(寺田寅彦の追憶としては,中谷による「指導者としての寺田先生」の方がいいかもしれない).これは,石川県出身である中谷の性格が,北陸人のような,奥ゆかしいものためであると考えられるかもしれない.しかし,いずれにせよ,随筆家としてみても,やはり寺田寅彦のほうに軍配があがるであろう.

中谷宇吉郎は,寺田寅彦(あるいは吉村冬彦)に関する随筆をいくつも書いた.しかしながら,寅彦に対する敬愛の念や,寅彦の宇吉郎に対する愛情などは,むしろ他の著者による文章によって,よりよくうかがい知ることができるように思う.ここではそうした文章の一つとして,中谷宇吉郎の名随筆集「冬の華」にある,小宮豊隆(漱石門下)の序文から引用してみたい.

 ここで中谷さんは,詩人としての自分と,科学者としての自分とを,ちょうど適宜の分量にまぜ合わせて,我々から失われさった寺田寅彦の美しさを,我々の前に提示してくれるのである.(中略)
 寺田寅彦は中谷さんを愛した.寅彦がいかに中谷さんを愛したかは,中谷さんの留学中,中谷さんに早くいいお嫁さんを持たせたいと,自分でいろいろと心を砕いたのみならず,私のところまでその相談をしてきたということからだけでも,およそ想像がつく.(中略)しかし中谷さんの「寅彦先生に関する事ども」の題下にまとめられた一切の記述を読んでみると,寅彦がそれほど中谷さんのために心を砕いたことも,少しも不思議なことでなかったように思われる.中谷さんほど,寅彦を理解し,寅彦を敬愛し,寅彦から刺激を受けていれば,寅彦が嬉しくないはずはないからである.
 同じ者のみが同じ者を知ると言われる.人間としても,教養としても,境遇としても,二人の間にはいろんな相違があるように見受けられるが,しかし重大な点で,二人の胸の中に,響きを合わせる多くの絃があったのに違いないと思う.


中谷宇吉郎は,寺田寅彦を理解し,心から敬愛した.そうした中谷を,寅彦もまた愛したのであった.これはまさに,寅彦と漱石の師弟愛そのものである.こうした子弟の関係が,漱石,寅彦,宇吉郎と,少なくとも三代にわたって続いたのである.それはきっと,漱石から受け取ったともし火を,寅彦がまた,宇吉郎に引き渡していくような行為だった.そして,このともし火は,宇吉郎からまた誰かに渡され,それから今まで,そして今後も,誰かに引き継がれていくに違いない.

もう私は立派な中年世代であり,人生の後半に足を突っ込んでいる.こうした年齢になると,人生において何を成し遂げられるか,人生でもっとも大切なことは何か,などといったことを,ふと考えることがある.それはもちろん,人によって様々であろう.それは仕事であり,趣味であり,子供を生み育てることであるというのが一般的な答に違いない.もちろん私もそう思っている.その上で,人間がなしうる最も美しく尊いことの一つが,漱石,寅彦,宇吉郎における,三代にわたった師弟愛であるとも思えるのである.






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