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zoom RSS 水仙 (太宰治)

<<   作成日時 : 2014/08/31 17:33   >>

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このエントリは,先日のエントリ(ブログ開設9周年と「水仙」(太宰治))の続きである.

太宰治の「水仙」は,あまり有名な小説ではないかもしれないが,太宰の作品の中でも佳品の一つだと思う.そして,作品中でも述べられているように,「水仙」は,菊池寛の「忠直卿行状記」を基にしている.忠直卿行状記は大変有名な作品でもあり,多くの方がご存知だろうが,ここでは「水仙」にある簡単な紹介を引用しておきたい:

「忠直卿行状記」という小説を読んだのは,僕(注:太宰のこと)が十三か四のときのことで,それっきり再読の機会を得なかったが,あの一篇の筋書だけは,二十年後のいまもなお,忘れずに記憶している.奇妙にかなしい物語であった.
 剣術の上手な若い殿様が,家来たちと試合をして片っ端から打ち破って,大いに得意で庭園を散歩していたら,いやな囁(ささや)きが庭の暗闇の奥から聞えた.
「殿様もこのごろは,なかなかの御上達だ.負けてあげるほうも楽になった」
「あははは」
 家来たちの不用心な私語である.
 それを聞いてから,殿様の行状は一変した.真実を見たくて,狂った.家来たちに真剣勝負を挑んだ.けれども家来たちは,真剣勝負においてさえも,本気に戦ってくれなかった.あっけなく殿様が勝って,家来たちは死んでゆく.殿様は,狂いまわった.すでに,おそるべき暴君である.ついには家も断絶せられ,その身も監禁せられる.
 たしか,そのような筋書であったと覚えているが,その殿様を僕は忘れることが出来なかった.ときどき思い出しては,溜息をついたものだ.


このような忠直卿行状記を通俗的に解釈すれば,権力者の孤独や悲哀といったものになるだろう.だが,太宰は,そのような凡庸な理解を拒否するかのように,この作品の別の真実に光を当てるのである.

けれども,このごろ,気味の悪い疑念が,ふいと起って,誇張ではなく,夜も眠られぬくらいに不安になった.その殿様は,本当に剣術の素晴らしい名人だったのではあるまいか.家来たちも,わざと負けていたのではなくて,本当に殿様の腕前には,かなわなかったのではあるまいか.庭園の私語も,家来たちの卑劣な負け惜しみに過ぎなかったのではあるまいか.あり得ることだ.僕たちだって,佳(よ)い先輩にさんざん自分たちの仕事を罵倒せられ,その先輩の高い情熱と正しい感覚に,ほとほと参ってしまっても,その先輩とわかれた後で,
「あの先輩もこのごろは,なかなかの元気じゃないか.もういたわってあげる必要もないようだ」
「あははは」
などという実に,賎(いや)しい私語を交した夜も,ないわけではあるまい.それは,あり得る事なのである.


まさしく肺腑をえぐるような視点であり,太宰の優れた文学的才能と豊かな想像力が遺憾なく表れているところである.こうして,忠直卿行状記が別の地平に導かれていくのである.


「水仙」における忠直卿は,三十三歳の女性,草田静子である.静子は,太宰の友人の草田惣兵衛の夫人という設定であるが,この夫妻はフィクションの存在だろう.

静子の実家は数年前に破産した.夫の草田家は素封家であるがゆえに,静子はその破産を恥辱に感じ,狷介な性格となって,次第に心を閉ざしていく.このような静子の心を少しでも慰めようと,夫の惣兵衛は静子に絵を描くことをすすめるのである.

意外なことに,静子の絵は周囲からの賞賛を浴びる.そして静子も自身の才能を確信し,自信作を携えて太宰宅を訪れた.だが,太宰はその絵を見ようともせず,静子に対して取りつくしまもない態度を見せてしまう.

そして後に,静子は太宰に手紙を送り,自分の気持ちを吐露するのである.
私(注:静子)の家は破産して,母も間もなく死んで,父は北海道へ逃げて行きました.私は、草田の家にいるのが,つらくなりました.その頃から,あなたの小説を読みはじめて,こんな生きかたもあるか,と生きる目標が一つ見つかったような気がしていました.私も,あなたと同じ,まずしい子です.あなたにお逢いしたくなりました.(中略)そのうちに主人が私に絵をかくことをすすめて,私は主人を信じていますので,(いまでも私は主人を愛しております)中泉さんのアトリエに通うことになりましたが,たちまち皆さんの熱狂的な賞讃の的(まと)になり,はじめは私もただ当惑いたしましたが,主人まで真顔になって,お前は天才かも知れぬなどと申します.(中略)その間に,ちょっと気にいった絵が出来ましたので,まず,あなたに見ていただきたくて,いさんであなたのお家へまいりましたのに,思いがけず,さんざんな目に逢いました.私は恥ずかしゅうございました.あなたに絵を見てもらって,ほめられて,そうして,あなたのお家の近くに間借りでもして,お互いまずしい芸術家としてお友だちになりたいと思っていました.私は狂っていたのです.あなたに面罵せられて,はじめて私は,正気になりました.自分の馬鹿を知りました.若い研究生たちが,どんなに私の絵を褒めても,それは皆あさはかなお世辞で,かげでは舌を出しているのだということに気がつきました.けれどもそのときには,もう,私の生活が取りかえしのつかぬところまで落ちていました.


自信をなくした静子は自暴自棄な生活を送り,その後,草田の元に戻るのであるが,最後は失意のうちに自殺したのであった.

上記の手紙の内容は,確かに忠直卿の境涯を彷彿とさせるものがある.しかし,「忠直卿行状記」に比べれば,「水仙」では,主人公の才能についてより強い焦点が当たっている.では果たして,静子に絵画の才能はあったのだろうか?太宰も次第に不安に思い始める.実は静子には,天才的な絵の才能があったのではないだろうか?

だが私は,静子の才能の有無は問題ではないように思う.むしろ本質的なのは,静子が,仮に自分に才能があったとしても,それを心から信じることができないという,狂気の世界に引きずり込まれてしまったということである.そしてその狂気の世界こそ,芸術という魔物が支配する世界なのである.

この,芸術という魔物に魅入られてしまった人間には,もはや安穏は存在しない.そして,この魔物は気まぐれである.時として,その魔物は,人に喜びや希望や,時には才能や賞賛までも与えてしまう.しかし,多くの人は,結局のところ芸術という魔物が支配する世界で絶望することしか許されていない.こうして,静子も最後には破滅してしまったのである.

だが,こうした人生を歩むのは静子のような芸術家に限った話ではない.少なくとも,我々は,何らかの大きな力の下に,あるいはこの理不尽で不合理な世界の中で,羅針盤もなしに生きていくしかないのである.

そして,太宰も,芸術,とくに文学という魔物に魅入られ,その支配する世界で右往左往し,もがき苦しむ人間であった.「水仙」の最後で,太宰は,この巨大で理不尽で残酷で,にもかかわらず逃れることのできないような魅力を持つ魔物に対し,ささやかな抵抗を試みる.人間は,幸せな人生を送る権利がある.芸術が,静子の人生を破壊することが許されていいものだろうか?太宰は,自分の人生も顧みて,抗いのような気持ちを持ったことだろう.

では,太宰は,その抵抗によって,芸術という魔物に一矢報いることができたのであろうか?私は,それは叶わぬことであったと思う.この話は,ほとんど太宰が作り出した虚構であろうが,それにしても結局,忠直卿も静子も,太宰そのものであった.最後には,太宰も,破滅するしかなかったのである.




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