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zoom RSS 酒虫 (芥川龍之介)

<<   作成日時 : 2013/07/28 16:52   >>

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この季節はとにかく暑くて湿度が高く,一年を通じて最も嫌な時期である.外出すると,息をするのも苦しいような暑さと湿度のため耐えられないような気分になり,さらに,汗でシャツがじっとりとしてくると,それがまた不快さを増大させていく.

こういった暑い日によく思い出す小説が芥川龍之介の「酒虫(しゅちゅう)」という短編小説であり,今回のエントリでは,それについて書いてみたい.

この小説は,もともと,聊斎志異の中にあるエピソードに基づいているという.芥川の酒虫では,昔の中国の或る地方の素封家である,劉が主人公となっている.劉は,人並みはずれた酒豪でもあった.あるとき,この劉の元に,西域から来た一人の僧が訪れる.その僧は,劉がいくら酒を飲んでも酔わないのは,病のせいであるという.そして,その病は,劉の腹中に住んでいる,「酒虫」を取り除かないと治らないというのであった.

劉は,その僧に,酒虫を取り除くよう依頼する.僧は,劉を炎天下の打麦場で裸にして寝転ばせ,動けないよう細引きでぐるぐる巻きにした.そして,酒を入れた素焼の瓶を,劉の枕元に置いた.

暑い.額へ汗がじりじりと湧いてきて,それが玉になったかと思うと,つうっと生暖たかく,眼のほうへ流れてくる.あいにく,細引でしばられているから,手を出して拭うわけには,もちろんいかない.(中略)そのうちに,汗は遠慮なく,まぶたをぬらして,鼻の側から口もとをまわりながら、あごの下まで流れていく.気味が悪いことおびただしい.
(中略)―― そのうちに,のどが渇いてきた.(中略)あごを動かして見たり,舌を噛んで見たりしたが,口のうちは依然として熱を持っている.それも,枕もとの素焼の瓶がなかったら,まだ幾分でも,我慢がしやすかったのに違いない.ところが,瓶の口からは、芬々(ふんぷん)たる酒香が,間断なく,劉の鼻を襲ってくる.


これでどうして劉の体内にある酒虫を取り除くことができるのか,慧眼なる読者の皆様は気づかれるのではないだろうか.詳しくは,実際の短編を参照されたい.



この短編が印象に残っている理由の一つとしては,体の中にある,悪いものがごろっと出てくるような,一種の爽快感があることがあげられるだろう.尾篭なたとえで恐縮だが,排便時の快感に通じるものがあるかもしれない.すなわち,人間の,本能的な快感に訴えかける話とも思われる.筒井康隆に,薬菜飯店という傑作があるが,酒虫の読後感もそれと似ている.

酒虫の初出は1916年,芥川が東京帝国大学を卒業し,「鼻」などを発表して漱石に絶賛され,意気軒昂とした時期であったろう.酒虫も,当時芥川が発表したいわゆる歴史物や王朝物とよく似た雰囲気を持ち,いろいろな寓意を感じさせるが,それほど文学的な深みはないように思われる.

それでも,芥川の小説の中でも,この短編は,好きなものの一つとして数えられる.作者の芥川がこの短編をどのような意図で書いたのかは計り知ることはできないが,それをいろいろと妄想するのは読書の醍醐味であり,また,読者の特権でもある.ここでは,少しだけ妄想を繰り広げてみたい.

この小説で最も重要な存在は,いうまでもなく,酒虫である.では,酒虫とは,一体何なのであろうか.単純に考えればそれは,体に巣くう病気や,不安,怨念といった,いわば悪しきものの象徴であるに違いない.だが私は,この短編の結末にある作者の考察もあわせて考えると,もう少し深読みもできそうな気がするのである.

では,あらためて,酒虫とは何なのであろうか.それは,人間の願望によって生じた存在なのではないだろうか.より詳しく言えば,酒虫のような,明瞭な悪しき物が存在してほしいという,人間の願望から生まれた存在,それこそが酒虫だと思えるのである.さらに加えて言えば,その願望には,そうした悪しき物を取り除きさえすれば,すべてが救われるという願望も含まれている.こうした,救われたいという願望と,救いに至るストーリーによって生じた存在が,酒虫ではないだろうか.大げさに言うならば,宗教の原型のような物語が,この酒虫であろうと思われるのである.

そのように考えていくと,この小説の結末の三つの考察もまた単純ではない意味を持ってくるようにも思えるのだ.

現代の我々も,特にこうした厳しい時代に生きているからには,酒虫のような,具体的な悪しき物が存在してほしいという願望にとらわれ,それさえ取り除けば,すべてが解決するといった,誘惑にとらわれやすい.しかしそれは,妄想なのである.酒虫のような,明瞭かつ単純で,他のものとはっきりと分けられるような悪というのは存在しないのだ.

我々は,分かりやすい悪があるとき,あるいは逆に分かりやすい正義があるとき,常に懐疑的でなければならないと思う.さらにいえば,善悪に限らず,分かりやすさというものについて,我々はそれを拒絶しなれけばならない場合があると思われるのである.それは,分からないということを受け入れる勇気と言い換えていいのかもしれない.この酒虫という短編を読むと,つい私は,そういったことまで思いを広げてしまうのである.


最後にもう一つだけ,妄想のようなものを書いておきたい.芥川は,自らに流れる狂気の血を恐れ,また,その晩年では,いわゆるぼんやりとした不安にとらわれていた.また,作品の傾向も,20代前半のころとは大きく異なるようになっていた.そしてその死に至るまで,幾度かは,この酒虫のことを考えてみたりはしなかっただろうか.芥川の後期の作品「河童」などを読むと,なんとなくそういう気がしないでもないのである.





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