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zoom RSS 小説に書けなかった自伝 (新田次郎)

<<   作成日時 : 2013/04/27 14:13   >>

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小説家のすべてはその処女作にあるということはよく言われるが,そのような小説家の一人として私が思い浮かべる山崎豊子について,昨年,暖簾(山崎豊子)というエントリを書いた.このような,作家とその処女作については,他にもいろいろと思い浮かべる小説家はいるのだが,その一人として,新田次郎とその処女作「強力伝」について,次にエントリを書くつもりだった(もう半年も過ぎてしまったが).しかし,最近,家族や人生についていろいろと考えることもあり,予定を変えて,新田次郎の「小説に書けなかった自伝」を読んで思うことを,まとまりなく書いてみたい.

新田次郎は,本名が藤原寛人,藤原正彦先生(そのエッセイ「数学者の言葉では」については以前本ブログでエントリを書いた)の実父であり,その夫人,藤原ていもまた有名な作家である.代表作として,映画化もされた「八甲田山死の彷徨」などがあり,いわゆる山岳小説家として知られている.その作風が肌に合うのか,私は新田次郎の作品が好きで,昔はよく読んだ.出版不況と呼ばれる現在でも,新田次郎の作品は本屋の棚のそれなりの一角をしめていることが多く,いまだに人気がある作家なのではないだろうか.

この「小説に書けなかった自伝」は,新田次郎が,戦後,中央気象台(現在の気象庁)に勤めているとき,少なかった収入を補うため,小説を書き始めるところから始まっている.それから,新潮社から新田次郎全集が発刊され,吉川英治文学賞を受賞するに至るまでの間の,主にその作家生活に焦点を当てて,さまざまなエッセイがつづられていく.

新田次郎のファンにとっては,非常に興味深い内容である.たとえば,私は恥ずかしながら知らなかったのだが,新田次郎は,強力伝の前に,「超成層圏の秘密」「狐火」といった作品を出版しており,実質的にはそれらが処女作となる(Wikipedia の新田次郎のエントリには書いてあるのだが).また,当初,副収入のために始めた作家稼業に次第にのめりこんでいく過程や,気象庁の役人の仕事との二足のわらじを履くことによって起こるさまざまな葛藤,あるいは,有名な新田作品がどのような状況で執筆されたか等々,新田次郎の愛読者であれば,強く関心がそそられる内容となっている.

だが,新田次郎のファンでない方にとっては,やや物足りないような思いをされるかもしれない.また,藤原ていのあの壮絶な「流れる星は生きている」を読んで,藤原一家の人生に興味を持った方などは,特に,そう思われるのではないか.それなのに,この「小説に書けなかった自伝」についてエントリを書こうと思い立ったのは,実は,付録の,「わが夫 新田次郎」(藤原てい),「父 新田次郎と私」(藤原正彦)という,二編があったからである.二人ともさすがに文章がたくみであり,この2編によって,人間新田次郎の姿があざやかに浮かび上がってくるのである.

たとえば,「わが夫 新田次郎」を見てみよう.新田次郎と藤原ていは見合いで知り合ったのだが,最初の出会いでは,会話がまったく弾まない.その後,新田の,「今度手紙を出しますから」という言葉を最後に最初の見合いは終わる.ていは,新田の手紙を待ちわびるのであるが,とうとうその手紙は送られてくる.

間もなく約束どおりの手紙が来た.私(注:藤原てい)は,いつの間にか,それは恋文にちがいないと思い込んでいた.あの駅頭での笑顔から察して,どうしても恋文でなければならなかった.
「先日は失礼しました.今日の東京は北東の風,風速5メートル,天気晴れ,ロビンソン風力計が,春の空にせわしくまわっています」
全文がこれだけである.どこを,どのように探しても,恋文らしい文字は全くなかった.


これだ.これでこそ,藤原正彦の父新田次郎である.こうでなくてはならない.そしてまた,我々は,この手紙がまぎれもなく恋文であることを確信させられるのである.

もう一つ,「わが夫 新田次郎」から引用しよう.昭和17年の戦時,夫の新田は,気象台から満州へ転任することを命じられる.この時,新田とていには2歳の子供がおり,また,ていは二人目の子供を妊娠中であった.戦場のような満州に移ることに,ていは不安を募らせる.
「もし私(注:てい)がイヤといったらどうなりますか」
「永久にオレは技手(ぎて)だ」
その言葉に私はびっくりした.

当時,気象台では,技手の上に技師という役職があり,その技師になるのは,東京帝国大学の出身であることが普通だった.新田は昔の専門学校(現:電気通信大学)の出身であり,口には出さないものの,ていは,出身学校の違いによって実力が評価されない夫の不満を,痛いほどに感じていた.満州に赴任することは,技師になれるということであり,そのために新田は何としても満州に行きたかったのである.言葉がなくても新田の気持ちを理解したていは,満州へ行くことに快く同意するのであった.

このように,「わが夫 新田次郎」では,夫婦の機微とともに,人間新田次郎の姿がありありと描かれる.これは,藤原正彦夫人の藤原美子による著書「夫の悪夢」でもそうである.「夫の悪夢」では,「数学者の言葉では」「若き数学者のアメリカ」といった藤原正彦自身によるエッセイよりも,リアルな藤原正彦の姿が浮かんでくる.本当に,女性の視線というものは,リアルで,時として残酷ですらあるものだ.そのことを思うと,私は,ある種の感動とともに,また,哀しみのようなものを感じずにはいられないのである.




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