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zoom RSS 職業がすたれるということ

<<   作成日時 : 2012/04/22 10:00   >>

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しばらく前に(今も?),「10年後に食える仕事 食えない仕事」 (渡邉正裕著)という本がネットで話題になった.本屋でも平積みになっていたり特設コーナーがあったりして,だいぶ話題になったようだ.それで,ずいぶん前にNPRというサイトで読んだ以下の記事を思い出した.ネットでの話題をネタにして全く関係のないエントリを書くというのは私の悪癖であるが,例によって思ったことを書いてみたい.

The Jobs Of Yesteryear: Obsolete Occupations
(拙訳: 過ぎ去りし年の仕事: すたれてしまった職業)
http://www.npr.org/templates/story/story.php?storyId=124251060


上記の記事では,かつて人が行っていたものの,今ではコンピュータや自動機械にとって変わられた,いくつかの仕事がピックアップされている.いろいろと考えさせられる内容であるので,このような,今となっては廃れた職業(アメリカで)について,上記の記事からいくつか紹介してみたい.なお,上記の記事では画像を保存できないので,以下にはネットで検索した別画像をあげておく.


Lector


この lector (lecturer ではない) というのは,訳しづらいが,読師とでも訳すようだ.もとは,教会で,聖書等を読む人のことである.フロリダやニューヨークの葉巻工場では,かつて,lector とよばれる者がおり,労働者に向かって,新聞などを読みきかせていたという.今ではすたれてしまったが,もともとはキューバで始まった職業らしく,キューバではまだこのような仕事があるという.

画像
キューバの葉巻工場での lector


Pinsetter


現在,ボーリング場でのピンのセットは完全に自動化されており,また,点数を表示する頭上のモニタなども,まるでパチンコかアーケードゲームかのように非常にエンターテインメント性が高いものになっているが,昔は,このボーリングのピンのセッティングも人手で行っていた.

画像
ブルックリンの Pin boy


Iceman


1940年代に冷蔵庫が普及する以前は,iceman と呼ばれる仕事があり,各家庭に,10kgからときには40kgにもなるような氷の塊を届けていたという.もちろんこのような職業も今となっては廃れてしまった.

画像画像
Iceman


Lamplighter


ニューヨークではかつて,ガス灯にはしごをかけてマッチで火をつけるという,lamplighter という仕事があった.この仕事をするものは,決まった街路を回って,1時間に200〜300のランプに火を灯していたという.このような仕事も今はない.

画像
1935年のロンドンでの lamplighter



画像


---

(上記のNPRの記事には,他にも,今となっては廃れてしまった職業がいくつか挙げられており,非常に興味深いのでご覧ください)



そして,上記の lamplighter の節を書いて,私は,新見南吉の有名な童話「おじいさんのランプ」のことを思い出した.明治の終わりごろ,電気が普及し始め,それまでの(石油)ランプも電灯にとって代わられようとしていた.この作品の登場人物である巳之助は,苦労してランプの商売で身を立てた.そこでランプへの愛着がひとしおであるが,とうとうランプ屋をやめることを決心する.巳之助は,店にあったランプを持ってきて,池の端の木につるし,一つずつ火を灯した.
 ランプ,ランプ,懐かしいランプ.ながの年月なじんできたランプ.
「わしの,しょうばいのやめ方はこれだ」(中略)
 やがて巳之助はかがんで,足もとから石ころを一つ拾った.そして,いちばん大きくともっているランプに狙いを定めて,力いっぱい投げた.パリーンと音がして,大きい火がひとつ消えた.
「お前たちの時世はすぎた.世の中は進んだ」
と巳之助はいった.そしてまた一つ石ころを拾った.二番目に大きかったランプが,パリーンと鳴って消えた.
「世の中は進んだ.電気の時世になった」
 三番目のランプを割ったとき,巳之助はなぜか涙がうかんで来て,もうランプに狙いを定めることができなかった.
 こうして巳之助は今までのしょうばいをやめた.それから町に出て,新しいしょうばいをはじめた.本屋になったのである.


私は新見南吉の作品を熱心に読みこんだわけではないが,それでもこの話のことは印象に残っている.



いま従事している仕事が廃れてしまうということは,どういうことを意味するだろうか.上記NPRの記事にあった職業は今はすたれてしまったが,その仕事に従事していた人の人生はどうなったのだろうか.私の住んでいるところでも,料理屋ができてはしばらくすると潰れ,また別の店になるようなところがいくつもある.今の時代は,料理屋に限らず,個人商店は厳しいだろう.ネットでは成功者の話はうんざりするほど見かけるが,再起できる人ばかりということはないだろう.むしろ,出来ない人の方が多いのではないか.

また,今ある職業がすたれてしまった場合,それを後世の人が何らかの形で知るとき,いま我々が上記NPRの記事を読むときに感じるような思いを,同じように感じることになるのだろうか.

なんだかんだ言っても,仕事というものが人生にとって大きな位置を占めるという人は多いだろう.私もそうだ.しかし,私も,私の仕事も,これからどうなるかは分からない.


従事している仕事が廃れてしまうとき,人はどうすべきかというのは私には分からない.しかし,それでも人はなんとかして生きていくだろうし,また,なんとかして生きるべきなのではないかという気はする.そして,そのような思いは,若いころはおそらく思わなかっただろう.まとまりがないが,人が生きるということについて,いろいろと思いをはせてしまった.


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