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zoom RSS 数学者の言葉では (藤原正彦)

<<   作成日時 : 2006/04/15 23:05   >>

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すでに過去の話題になっているのかもしれないが,藤原正彦の「国家の品格」 (新潮新書) が売れているという.新書で100万部を突破したというから相当なものだ.それで,昔藤原正彦のエッセイを繰り返し読んだことを懐かしく思い出した.

藤原正彦は,御茶ノ水女子大学の教授で,専攻は数学である.また,新田次郎の息子であり,そのせいというわけでもないだろうが,エッセイが巧みである.その中で最も有名なのは,エッセイストクラブ章を受賞した処女作「若き数学者のアメリカ」であろうが,今回は「数学者の言葉では」(新潮文庫)について書いてみたい.

「数学者の言葉では」には,数学や文学に関するエッセイ,新婚時代の夫人の話,父新田次郎の話など,さまざまなエッセイが収められている.読んでいくうちに滲み出てくるようなユーモア,数学や学問・文化に対する独特の視点,いずれも含蓄があり,著者独特のものである.この本に収められたどの話も興味深いのであるが,中でも,「学問を志す人へ ─ ハナの手紙」で語られる,大学院生の苦悩の話が身につまされた.

著者のもとに,以前コロラド大学で教鞭をとっていたころの女子学生,ジョハナ・ダノス(愛称ハナ)から手紙が届く.彼女の手紙には,級友などとの感情的行き違い,自分の能力や将来に対する不安,自分の研究の価値に対する疑問など,大学院での苦悩が縷々したためられてあった.著者はハナを激励し,鼓舞するが,彼女の苦しみが痛いほど理解できた.何故なら,彼女の苦悩は,多かれ少なかれ,学問や研究を志す者に共通するものであるからである.この話から,著者は,学問ということ,また,学問を志すということについて考察していく.

著者は,学問を志す人の性格条件として,以下の四つを挙げる.すなわち,(1)知的好奇心が強いこと,(2)野心的であること,(3)執拗であること,そして最後に,(4)楽観的であること,である.それぞれもっともなのであるが,ここでは,この最後の条件,「楽観的であること」について述べてみたい.

学問を志すものは,まず,困難な問題に直面しても,何とかなるだろうと楽観的でなければならない.そうでなければ,解決できる問題すら解決できなくなってしまうからである.さらに,学問を志すものに共通する三つの不安,すなわち,自分の能力に対する不安,自分のしていることの価値に対する不安,自分の将来に対する不安,について,楽観的である必要がある.言いかえれば,これらの不安と折り合いをつけて生きていくことができる性格でなければならない.この三つの不安について,著者の言葉を以下に引用する.

基礎文献というのは,まず例外なく一流学者の書いた大論文であり,そんなものばかりを読んでいれば,たいていの人は自信を喪失する.理解をするだけで精一杯の自分が,どうしてそんな論文に拮抗するようなものを書けるだろうか.果たして自分は,本当に学問を発展させる力となり得るのだろうか...

また,自分のしていることの価値についても悩みはつきない.(中略)自分の研究課題がいつの日か解明されても,それが学問に,あるいは人類にどんな影響を与えるというのだろう.(中略)肉体労働者が汗水たらして働いているこの時に,こんな空論を弄んでいるのは罪悪ではないだろうか...

自分の将来についても心配をしだせばきりがない.(中略)いくら研究を続けたくとも,適当な研究職につけなければ,何らかの形で経済的破綻は免れたとしても,相当のハンディキャップを背負うことになる.果たして自分が,この激烈な生存競争を生き残れるだろうか...


ハナは,まさにこのような不安に押しつぶされそうになっていたのである.そしてまた,私もそのような状態になったことがあった.私がこの本を読んだのは,大学院の博士課程に進学したころである.そのころ,研究が思うようにうまくいかず,ひどく悩んでいた.また,両親に対しても申し訳なく思っていた.この本に書かれているこの三つの不安は,他人事ではなくまさに私の不安そのものであった.

だが,このことは同時に,私を勇気づけてもくれた.自分の悩みは,誰しも同じように抱えているものである.そのことで,どんなにか救われる思いがした.それなら,もっと耐えられるはずだし,また耐えなければならない.そして,そのように考えることによって視界が開け,前向きに生きていく力を与えられた気がする.この本は,私にとっては,当時のころを偲ばせる,思い出の一冊となっている.

また,その当時,科学者の書いたエッセイなどを読み漁った.中でも,湯川秀樹「旅人」や,朝永振一郎「量子力学と私」などは印象に残っている.これらについては,いつかこのブログに書いてみたい.


付記 (2006年7月22日)

「国家の品格」は,売上げが200万部を超えたそうです.

Yahoo!ニュース - 共同通信 - 「国家の品格」200万部 新書では最速の記録
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060511-00000158-kyodo-ent





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滞独日記 (「量子力学と私」所収,朝永振一郎)
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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
 僕も、「若き数学者のアメリカ」や「数学者の言葉では」や、湯川秀樹の「旅人」を読んで、数学者って旅をするんだ、物理学者って心の旅をするんだって思った。「檸檬」の梶井基次郎の様な心の旅を。広中平祐さんの「数学教室」や「フラクタル」の翻訳や、秋山仁さんのTV番組を見ていて、数学って、色々な世界の心の旅なんだなと思う。もっと、数学の大論文が教養本で解り易くなったらなと思う。広中平祐先生が、特異点の教養本を書いたら、複素関数論であやふやな所が、明快になるんじゃないかな、秋山仁さんがグラフ理論の教養本を書いたら実用的なのになるんじゃないかな、マンデルブロートがフラクタルやカオスの教養本を描いたら芸術が生まれるんじゃないかなと思う。大論文がより解り易く書き直される事を願う。
旅人
2006/05/10 16:24
コメントどうも有難うございます.数学者や物理学者が心の旅をしているというのはおっしゃる通りかもしれませんね.ただそれは,傍目には,困難に満ちた終わりのない旅のようにも思われます.それ故にこそ,突然見晴らしのよい場所に出たときの喜びというのは,彼らにしか分からないものなのかもしれません.また,一流の学者が書いた教養本・教科書を読んでみたいというのは私もよく思います.そこには,一流の学者のみが構築しうる,知の体系が表れているでしょうから.

2006/05/11 23:43
はじめまして
エッセイは数学者意外の読者を想定してるため、先生ご自身の研究につていは触れられていません。今回恐らく初めて先生のご研究を紹介させて頂ました。
花山大吉(藤原正彦先生ファンクラブ)
2009/05/03 21:54
コメントどうもありがとうございます.不勉強なもので,藤原氏のエッセイしか読んだことがないものですから,その数学の研究成果については全く存じません...勉強させていただければと思います.

2009/05/05 00:11

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